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親の死に目に会えない不幸 [日記]

小学生の頃、ふでばこの鉛筆を長い順(短い順)に並べると親の死に目に会えないとみんなが言っていた。
(別に死ぬとこに会えなくてもいいんじゃん。死体なんて怖いし)と内心思っていたのだが、みんなが言うので一緒になって
「うぁー、こぇぇ」
と鉛筆の長さを互い違いにしてた。

大人になり、義父の死、実父の死に際に立ち会えなくて寂しい思いをした。
父の場合は、ガンで余命3ヶ月もないと診断を受けたとき、毎週のように千葉→愛知を往復して病院に見舞うことができたが、死に目に会えないのは心残りだった。亡骸の父は、怖くもなんともなかった。ゾンビとしてよみがえられるものならよみがえって欲しいものだ。
父は、祖父の臨終の時に「自宅で死にたい」という祖父の要望に答え、かつ同じ部屋に寝泊まりして臨終の時を迎えた。親の臨終を看取った父は、看取ってやれなかった僕には超えられない存在になってしまった。

ふたりの父の死に際を経験してわかったが、ドラマで一族郎党集まって臨終の時を迎えるなんてのは無理ということ。

昨日、かみさんが中川さんに最期にあえたのは非常にラッキーだった。そのとき初めて中川さんのお父さんにあったそうだが、お父さんはその日、病院に泊まるという話をしていたそうな。唯一の肉親となったお父さんに看取ってもらえたのは良かった(順番逆だけど)と思った・・・という1つ前の続きのエントリーでした。

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