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部課長のレア度 [日記]

僕が大学4年の頃がバブルのピークだった(僕は大学に6年行った)。
大卒の半数以上が一部上場企業に内定貰ったとか、そんな時代だったと思う。
そのあと、失われた10年だか20年だかの間、採用が抑えられ続けた。

内規の変えられない大企業では、2~3年で1等級あがって6等級上がったら課長、みたいなルールのまま時が過ぎたところがあって、課長だらけの会社ってのも見かけたことがある。
検索すると、僕の見かけたのより課長だらけの会社も結構ある
https://www.google.co.jp/?gws_rd=ssl#q=%E8%AA%B2%E9%95%B7%E3%81%AE%E5%A4%9A%E3%81%84%E4%BC%9A%E7%A4%BE
「そんなんじゃ課が足りないんじゃないの?」
という心配は無用で、そういうところはだいたい、組織改編で3つくらいの部が統合されて事業部になって、課が廃止されている。
事業部に事業部長は一人なんだけど、部下無しで事業部付きの部長と事業部付きの課長がいっぱいいる状態ができあがる。

いつの頃からか、課長の名刺渡されても
「この人、意外と年取ってるんだ」
としか思わなくなった。

以前の仕事では、その大手ベンダーは36協定があって、平社員は残業の制限があるからと、(作業が長時間にわたる夜間の)ネットワーク機器のリースのリプレースに来たネットワーク技術者が課長級だらけだった、ということがあった。
「実際には裁量労働の権限ないんだから会社訴えたら残業代出るんじゃないの?」
(それに、みなさん、どこか体悪いところ抱えてるみたいだし・・・)
と思ったが、その人たち、おそらくは年収1000万は超えてて、なにより、そんなにめっちゃ働かされてても、
「一部上場のエクセレントカンパニーの課長(なので残業代がつかない)」
であることが嬉しいので、文句など言うわけもなかった。
あの人たち、給料が同じで課長じゃなくなったら奥さんに離婚されちゃいそうだった。

部長は、というと同じように等級があがって部長になるわけだけど、実作業もできないので、できることは
「炎上案件でトラブったときに謝りに行く」
仕事。お客さんのほうは、さすがに部長が来るんなら、せめて課長が対応しないといけないってことになるので、めんどくさい。
それでいて、部長が謝りに来ても、べつに何かがわかっているわけではなくて何も解決しないので、顧客側の担当課長としては迷惑なんじゃなかろうか。
まあ、僕は課長だったことがないから知らないんだけど。
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家庭の味なんていらない [日記]

僕が子供の頃は社会全体が今よりも貧しかった。
僕が小学校一年生の頃の初任給は、高卒は6万大卒は7万くらいだったらしい。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1413026089
その頃の田舎で、しかも農家の現金収入はさらに少なかったと思う。
単純な話として、今より肉食べてなかったと思うし、
テレビドラマでも普通に貧困が描かれていた。

あの頃に比べたら失われた20年といっても随分豊かになったという感覚はあるのだが、
親として見るとやっぱり色々な家庭事情の子がいて、貧困の撲滅っていうのは無理なんだろうなぁって思う。
以前の新聞の報道で(給食がないので夏休みになると痩せる子がいるというのを見かけた。

前から思っているんだけど、朝食と夕食も、学校給食の枠組みで希望者に無料で出せないだろうか。
そもそも、給食だって無料にすればいい。
有権者の人気取りのために、児童手当を一人当たり1~1.5万支給しているのをやめて
直接、地方自治体に交付金として回せば資金が効率的に使えると思う。
朝食と夕食は任意にして、家庭の味を大事にしている家庭の子は、朝晩は家庭で食べればいい。

共働きで、家を出るのが一番最後になる子もだいぶいる。
さらに話を進めて、そういう子は、親と一緒に家を出て、学校で自習して朝ご飯食べられるように、
低学年の子は保育の機能も併せ持って、10時でも11時でも親が迎えに行くまで預かるようにできないかな。

家庭の味、子育ての基本は家庭、とか言ってないで、日本は貧しくて時間的な余裕もないってことを理解してほしいなぁ。
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仲良きことは美しきかな [日記]

子供ももう高校生と大学生になるのに、なんだか親子兄妹の仲が良い。
子供たちは親にも学校の様子についてもよく話す。
かみさんが、息子(大学生)の中学の同級生の母親に話を聞くと、
やっぱり普通は大学の様子どころかそれ以外も含めてほとんど会話しないものらしい。
うちは会話どころか、家族で一緒に買い物に行ったりファミレスに行ったりする。
別に、教育方針がどうこうっていう思いはなく自然にそうなっている。

親子はもう口きかなくてもいいし出て行ったっきり音信不通でもいいと思っている。
「ぶっちゃけ、今の年齢で(多少ふてくされることはあっても)親に反抗しなくて大丈夫なの?」
と心配してる。
ただ、親が死んでからは頼れるのは兄妹しかないので、兄妹は仲良くしておいてほしいと思う。

僕の兄弟は今でも仲良いほうだと思うが、たまに兄弟がめっちゃ仲悪くて、もう10年以上あったことない(当然、口きいたことない)っていう人もいて、(それじゃ、あってもわからないかも知れないじゃん)そういう人たちは、ずいぶん小さい頃、それこそ小学校の頃から仲悪いらしいが、何が違うんだろうな
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バッタを倒しにアフリカへ [読書]

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)
読了

内容がどんな感じかは著者のはてなダイアリーを読むと様子がわかるかもしれない
http://d.hatena.ne.jp/otokomaeno/



この本はいろいろなテーマがごっちゃになっている

- ポスドクの困窮
- アフリカ冒険もの
- アフリカでの生活の大変さ(紀行もの)
- アフリカの途上国の汚職や貧富の差(主に貧しさ)
- サバクトビバッタの不思議さ
- ニコ動の学会β
- 京都大学の白眉プロジェクト
- 著者個人のキャリア

読む前は、もっとアフリカのバッタの生態について書かれているのかと思ったので、ちょっと戸惑ったが、著者の性格もあり、気軽な読み物として面白い。
自分が子供の頃に読んだ本に書いてあった、アフリカで大量発生しているバッタの写真も見られる。
少し驚いたが、僕が子供の頃に読んだころから、そのバッタの生態ってあまり解明されてないらしい。

まあいろいろあるわけだけど、僕が、この本を読んで一番感じたのは
「好きなことを仕事にするのっていいなぁ」
ってこと。
この本で一貫して語られている物語をひとことでいえば
「子供の頃ファーブル昆虫記を読んで昆虫学者になる」
ということだ。すがすがしいくらいに小学生のあこがれの頃のまま大人になってしまった博士。
べつに僕は昆虫学者になりたいわけじゃないけど、自分は子供のころにどんな大人になろうと思ってたっけな?

自分のように、日本で安定した生活を手に入れ人生が見えてきたおじさんが読むと多かれ少なかれうらやましく思うのでは。
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SIer の業態はいつまで続くんだろうか? [日記]

もう15年以上前に3か月くらい、金融系の SIer のピラミッドの底辺でOracle のバッチファイルを書いたことがあった。
それまでは、協力会社の手は借りつつも自分たちで受託開発している会社にいたので、プログラムを書けないプロパーが Excelに書いた謎詳細設計書を元に、外注がコードを書くという経験は初めてだったので、
「へー、こんな世界があるんだぁ。もう二度とやりたくない。」
と思ったものだった。

SIer が成立する条件だった系列親会社のハード(AWS使うのでいらない)やミドルウェア(AWS のRDSとか) やパッケージ(今どきは、シュリンクラップソフトウェアあじゃなくて、サービスとして提供されてたりするし・・・)を組み合わせて、あとは人海戦術で外注に丸投げだったのに、一番おいしいところがなくなってきていて、いまは業態として苦しいんじゃないのかな

競争力の源泉ソフトウェア開発は
「プログラムを書くなんて卑しい仕事は、我々の仕事じゃない」
と思うのか、引き続きオフショア先に出すというビジネスをしてるようだ。
もったいない。

大手銀行や電機の子会社の SIer には、有名大学の理工系卒の人たちばかりなのに、僕と同じ年齢の人は、部長として、トラブルの時に客先に謝りに行って
「部長が謝りに来たからしょうがない」
と思ってもらう仕事しかできないなんておかしい。
しかも、そういう作戦もだんだん通じなくなってきてるんじゃないだろうか。
その、部長の人たちも大学卒業した直後は、専門外から就職した僕よりはかなりスキルをもっていたはずなのに、おかしい。

心配なのは、自分の子供が就職するときに、そういう看板は立派で、じり貧の会社に間違って入っちゃわないか?ということ。
SIer に見切りをつけようとしてる若者(おじさんは、もうしがみつくしかない)を見るにつけ、
「あー、息子が間違って入っちゃうくらいなら、つまんなくてじり貧のSIの会社、早くなくならないかなぁ」
と思っちゃう今日この頃

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Ubuntu17.04 + Firebird3.0 で、はまったこと [Firebird]

日本では自分しか必要なさそうな情報だが、ここに記しておく。

Ubuntu17.04 をインストールしてみたら、Firebird3.0 のパッケージがインストールできるようになっていた

$ sudo apt install firebird3.0

これでインストール完了。便利。

firebird.conf は /etc/firebird/3.0/firebird.conf にある

インストールの途中で sysdba のパスワードを聞かれるが、あとで設定するのは

$ sudo dpkg-reconfigure firebird3.0-server

でできる。便利。

ここまではいいのだが、 isql-fb コマンドで接続できるのに、自作のデーターベースドライバーでは接続できない???
いろいろ悩んだが、 tcp6 では listen しているが tcp ではlisten していない模様。
$ netstat -tap |grep gds
(Not all processes could be identified, non-owned process info
 will not be shown, you would have to be root to see it all.)
tcp6       0      0 localhost:gds_db        [::]:*                  LISTEN      -  



/etc/ssyctl.conf に以下の3行を加えて・・・
net.ipv6.conf.all.disable_ipv6 = 1
net.ipv6.conf.default.disable_ipv6 = 1
net.ipv6.conf.lo.disable_ipv6 = 1

IPv6 を無効にしたら、IPv4 で listen するようになった。
$ netstat -tap |grep gds_db
(Not all processes could be identified, non-owned process info
 will not be shown, you would have to be root to see it all.)
tcp        0      0 localhost:gds_db        0.0.0.0:*               LISTEN      -  


ssh は tcp と tcp6 で listen しているので、これはどっかの init スクリプトが悪いのか、 firebird 本体が悪いのか?
めっちゃはまったけど、とりあえず解決したし、当面 IPv6 で接続できる必要はないので、これで良しとしよう。
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大学で初めてのプログラミング教育とPython と PyQ [家族]

http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2017-04-18 の続き

息子が大学1年でプログラミングの実習がありそうだぞ、ということになって
Python Workshop the Edge 2007 のいうイベントのことを思い出していた。
もう、そんな記録残ってないよな、と思っていたが、自分のおぼえがきがあった。偉いぞ、自分。
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2007-07-01-1
んで、そこからたどれる↓が、メインセミナーの様子がわかりやすい
http://d.hatena.ne.jp/SumiTomohiko/20070630/1183226206
僕が思い出していたのは、この中の、
「教育現場におけるPythonの利用」
のお話。

内容をおおざっぱに要約すると
- 学生のモチベーションと能力が低くてプログラムが作れるようにならない
- 添削する教員の労力が大きい
- Python はインデントがずれていると動かないので、提出されたものはインデントはあっていて添削が楽
というような話だった。
あの頃より Python は実用的なプログラミング言語になっていると思う。
また、プログラミングの重要性も、あの頃よりは理解されるようになったんではなかろうか。
(小学生のプログラミング教室がブームになるくらいなんだから)
いまは、学生の意欲の面は変わっているのかな?スマートフォンが普及してパソコン使えない子が増えてるらしいけど入学時に、ある程度のタイピングはできるのかな?
ああいうのと PyQ を組み合わせるといいんじゃないかな、と今の世の中の状況とくらべて、いろいろ思いを巡らせている。

あの時、菊池先生が
「情報の教員免許のためのプログラミング教育が、教員には、いかに大変で虚しい仕事か」
ということをとうとうと語っていたのが、今の自分にグサグサくる。

息子の大学一年のプログラミング演習も、そんなんなんだろうなぁ。
まだ、実際のプログラミングは始まってないそうだが、一回目の講義で、先生が言うには
「毎年、クラスに一人か二人くらいはプログラミングができる子がいる」
そうな。つまり、残りの 100人はできない、、、と。

先生(教授)は、研究者であって、初心者に Java を教えるのが仕事ではない・・・いや、仕事ではあるんだが、教授がそんなことしてていいんだろうか?僕にもおぼえがあるが、実習を手伝ってくれる修士の学生にも申し訳ない。
息子が PyQ で、少しでも先生や先輩に迷惑かけないで、できることなら周りの子のことを助けてあげられるといいな、と思う今日この頃。
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MicroPython を ubuntu 16.04で動かす [日記]

基本的にはこれを見る
https://github.com/micropython/micropython/wiki/Getting-Started#debian-ubuntu-mint-and-variants

Ubuntu 16.04 にインストールしようとしたら、微妙に追加でインストールしないといけないものがあった。具体的には pkg-config と python
必要なのは、 python2 じゃなくて python という名前で実行できる python みたい。
$ sudo apt install build-essential libreadline-dev libffi-dev git pkg-config python
$ git clone --recurse-submodules https://github.com/micropython/micropython.git
$ cd micropython/unix
$ make axtls
$ make
$ ./micropython


コンパイルして動くようにはなったけど、ぶっちゃけ Ubuntu だと python3 がインストールされているし、わざわざ micropython を動かすと嬉しい状況がない。なんか、いい使いどころないかな

(2017-04-23 追記)

minimal の下で make しようとしたらコンパイルエラーになった

$ sudo apt install libc6-dev-i386

が必要みたい。それをインストールしたら minimal/build/firmware.elf に動くバイナリができた。
できたけど、i386 バイナリみたい。まじかー

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謎の自信と謎の謙虚さ [日記]

プログラマーで 30歳を超えたくらいから、
「俺くらいのキャリアがあったら何でも知ってるから・・・」
みたいなのを滲ませてくる人がいる。
〇〇を以前使った経験で・・・じゃなくて、やたら聞きかじりの伝聞調の話をしつつ、
「俺ぐらいのキャリア」
を滲ませる。
そういう人は、謎の自信で「できました」→「ここができてません」→「できました」→「不具合です」→「直しました」を繰り返して、全然終わらないのに、なぜか自分ではできてることになっているようだ。
というか、いくら僕が若作りだからって、あなたより10歳は年上に見えるでしょ?
なんで僕の前で、経験年数の話するの?経験年数なら負けないよ。あなたが中学生のころには僕働いてたんですけど・・・って言わないけど思ってた。
20代のころから今まで、そんな人はよくいて、幸か不幸か最近はそういう人もほとんどが僕より若いので、あまりあからさまに経験年数自慢をされなくなった。

一方で、若くて高学歴でめちゃめちゃ優秀な人が謙虚すぎてビビることがある。
高校では数学クラブで大学はコーネルの天才が
(日本のゲームが好きで日本の大学院に来て、そのまま日本のゲームメーカーに安月給で就職して日本語もよくできる人が同僚だったことがあって)
気が付いたら Flash の画像を動的に差し替えるプログラム書いてて、それがすごくうまくできていて
「さすが、すごいじゃーん」
って言ったら、謙遜してて、でもあんまり謙遜すると嫌味になると思っているらしく軽く言葉を濁してた。
僕が会社を辞める時だったかにも
「nakagami さんに色々教えてもらって・・・」
と言われ
(いやいや、そんなわけないやろ)
と思った記憶がある。
日本で知り合う外国人は、日本が好きな人たちだからなのか、みんな謙虚で、
(グローバルでもそれでいいんだ。自分もそうありたいな。)と思う
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PyQ で教える側の都合 [家族]

http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2017-04-15 の続き

教養として、もしくはこれから学ぶための下準備のためにプログラミングを教えたい、という側(僕)からすると、始めるにあたって今は教えたくない雑多な作業がたくさんある。

- Python のインストール
- コマンドラインプロンプトや、エクスプローラーからのパソコンの(ファイルの)操作
- エディタの選択と使い方

Python のインストールだけでも、Mac か Windows か、公式インストーラーか anaconda か OS にビルトインされているものかで微妙に異なる。
「それは Mac に元々インストールされてた 2.7 で、今回インストールした 3.6はー」
なんて、今、教えたいことではない。
エディターは、自分自身は過去の経緯で vim を使っているが、それを最初に教えるのは、僕がめんどくさい。
いま時だと Atom ? VSCode ? プログラミング演習で Java を使うなら Eclipse を使うんだろうけど、僕わかんないし・・・大学でプログラミングを学ぶので emacs 使うんだろうか?エディタの選択や使い方も、僕が今教えたいことではない。

また、プログラミングといえばプログラミングなんだけど、つまらないインデントのずれや typo で、お互いの時間を浪費したくない。
行き詰ったら聞いてくれればいいんだけど、PyQ を使うと、Syntax エラーやインデントのエラーは問題と解いている人間が、自分ですぐ確認できるので、予想以上に教える側の負担が減っている。

最初にプログラミングを教えたいとなったときに、なかなかスタートに立てない、もしくは、1を教えるために10を教えないといけなくなっちゃう。我ながら、改めて考えると、よくこんな(日常生活に関係ない)いろんなことを知ってるよなって感心する。
僕は、コンピューターのことは(Excelの操作みたいなごく基本的なことも含めて)学校で勉強したことはないので、中学から大学の間に暇だったんだろうなぁ。

そんなこんなで、PyQ では(雑事を省略して)プログラミングについての質問に答えられるのが非常に良い。

昨日は

if a == 'A' and b not in b_list:

という条件文の「かつ b が b_list に含まれてない場合」の 'and not in XXX' と続ける条件式の書き方について質問されて、(無事答えられてホッとしつつ)
「ド・モルガンの定理で

if not (a != 'A' or b in b_list):

とも書けるよね。」
という話をした。
これが、以前なら一字一句 typo がないことを確認する作業で精一杯(下手すると自分が書いているコードの意味を理解する余裕もない)ということになってしまいそう。

うーん、それにしても、大分理解しているつもりだったが、 if 文のちょっと組み合わせのある条件式で行き詰るとは、まだまだ先が長いな、息子よ。
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