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祖父の13回忌 [家族]

祖父の13回忌が終わった。
祖父の三回忌が終わったところで父が急逝して、以降、父の葬儀、年忌と祖父の年忌を交互に行なってきたが、3年後の父の13回忌が終わったら一区切りだ。やれやれ。

この10年ほどの間に田舎の冠婚葬祭も随分と変わったようで、もっと気楽に構えていればよいらしい。
再来年には住職の交代の式をしたいらしいが、時代が変わって昔のように檀家の理解も得られず思ったほど寄付も集まっていないらしい。

ただ、自分は田舎から離れて暮らすとかえって昔の感覚のままでいて、いろいろ間違いがあってはいけないと緊張する。金もかかるが、それも仕方ないと思っている。これからというときに父が亡くなって、せめてもの孝行という思いもある。ただ、父は派手な冠婚葬祭は好きではなく、ことあるごとに「簡単に」と言っていたので、父が喜んでいるかどうかは微妙だ。

ところで、坊さんの話によると最近は、檀家の数が減って寺の合併の時代になろうとしているらしい。
子供が減って小学校合併するだけでなく
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2015-10-31
檀家の軒数が減って寺も減るということらしい。

僕が死ぬ頃には、さらに時代が変わっているだろう。日本人の多くが無宗教になってたり、散骨が主流になってたりしてもおかしくない。祖父は自宅で死にたいと言っていた(父がそれを叶えた)し、母方の祖父は土葬にしてほしい(公衆衛生上叶わなかった)と言っていたが、自分は死んでからどうなってもよいと思っている。ただ、自分の子供たちが苦労なく過ごせるのならば。
人生の長さの割に時代の変化が激しすぎると思う今日この頃。

中学生はつらい [家族]

娘の成績が下がった。
もともと、親もびっくりするほど良かった成績なので
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2015-03-31
下がるのはしょうがないと思っているが、最近、あまり勉強してなかった結果思いのほか下がってしまった。因果応報。

つらい。娘にはひらめきを感じないので、こんなもんなのかもしれない。
上を見ればきりがない。娘の下がった成績でも羨むような成績の子だってたくさんいる。
しかし、できない子はできない子なりに、できる子はできる子なりに、さらによくなって欲しい。
(分相応に成績が良かったとしても、それをできるだけ維持したい)
成績が良すぎて困ることはない。
それが向上心というものなのかもしれないけど、きりがない。

自分は、あまり勉強してなくて、それでも農家の親が期待するよりは成績がよくて気楽だった。
子供たちを見ると
「都会の子は、ちゃんと勉強して偉いなー。」
と思ってしまうが、なかなか
「勉強なんかしなくていいよ」
とは言えない。
僕はたいして勉強しなくてもよかったけど、21世紀の子供は、そういうわけにはいかない。
ホワイトカラーの時代だし、競争社会だし。
僕の子供の頃より日本は豊かになったけど、幸せになったのか?って思ってしまう。

特に、中学生は通知表の内申点が高校進学の指標になってしまうので、学校のテストや、宿題提出に神経質になってしまう。(学級だよりを見ると、授業態度、提出物、授業での発表回数が云々で・・・みたいなことが書いてあって、そういえばそんなのあって息苦しかったなぁー)
要するに点取り虫にならなくてはいけない。
最近、家であまり勉強してなかったが、今日、黙って見ていると娘は(多少は反省したようで)自分で何か勉強しているようだった。
いつまで続くのかはわからないけど。

高校になった息子は、学校のテストは、もうわりとどうでもいいらしい。
推薦で大学にいく気はないので、赤点とらない程度で卒業できればそれでいい。
今日も、中間テスト中で午前中に帰ってきたが、テスト勉強はそこそこに予備校に行ってしまった。
高校生は、5点10点の差で一喜一憂しなくていいので気楽でいい。

娘も早く高校生にならないかな。

(追記)なにやら数学の勉強してると思ったら単なる宿題だったらしい。はてさてどうなることか

セミのぬけがら [家族]

これが女子中学生の夏休みの自由研究だ!
150901_0627~01.jpg

ここ数年、娘は夏休みの部活の行き帰りにセミの抜け殻を拾ってた。
特に意味もなく。

今年は、かみさんが「セミのぬけがら集めを自由研究にしたら」と言って、
本格的なセミのぬけがら集めが始まった。
提案したかみさんも、素直にやろうと思った娘も偉かった。
なにより、娘が苦行でなく楽しそうにセミ拾ったり分類してたのが良かった。
かみさんは、自由研究になるようにフォローもしてた。

僕は割とそういうの無関心なので。

市のぬけがら調査のイベントにもかみさんと娘で参加した。
http://www.city.funabashi.chiba.jp/kurashi/kankyou/0006/p003401.html
当然ながら、他はみんな小学生。
ここで、セミのぬけがらの分類方法を学んだ。

夏休み中は、部活の友達で集めてくれる人もいて、
「んで、これ全部でいくつくらいあるの?」
と聞いたところ、まだ合計は出してないけど
「1000前後」
とのこと
しょこたんってすげーなー
http://www.cinematoday.jp/page/N0075597

まあ、娘はちゃんと分類してるんだけど

中高生の親になって [家族]

保育園や小学生の頃のことは大分忘れてしまったけれど、自分が中高生の頃の記憶というか感情というのはだいぶ覚えていて、自分が子供の頃の感情を思い出しながら子供達と接すると
「さぞや窮屈だろうなぁ」
と思う。

親は勉強しろとうるさいし、金銭的には自立できていない。
不自由しながら親の目を伺いながら生きているんだろうなぁ、と。
自分もそうだった。

「いいよいいよ、好きにやりなさい」
とニコニコしながら好きなことをさせられたらどんなにいいだろうか。
でも、人間はそんなに強くなく怠け者で、自分もそうであったように自分の子供達もまた、そうであろうことを知っている。
自分の親も、そんなことを思っていたのだろうか。

さらに、
「自分なりにがんばってます」

「偉いね」
と言ってあげられたのは小学校までで、
「結果のついてこない努力は意味が無い」
ということも言わないといけない。

なんか苦しい。

ブラウニー [家族]

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3週間ほど前にどこからか(かみさんに連れられて)やってきて、いつものごとくかみさんがミルクをやっていた子猫。離乳したので明日知り合いの獣医さん経由でもらわれて行くようだ

勉強のできる凡庸な娘 [家族]

息子が風変わりなので、どうしても息子のことを書いてしまうのだが、あと数十年経った時に懐かしむために娘のことも書いておく。

息子が数学の勉強をしていると、ヒラメキのようなものを感じるときがある。
そうでなくても、問題の意図などを良く読み取っていて
「うーん、これはいい問題だ」
などと言っている。

それに比べると、娘は、(特に数理系の問題では)そんなのを感じない。
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2009-04-22
娘は、中学に入っても、兄ほどには成績よくないだろうなぁ・・・と思っていた。

そして今、中学1年が終ったところ。
親の予想をまったく裏切って、定期試験の結果は良くて、通知表の成績はさらに良い。

息子が中学生の間は、本人の理解ほどにはテストできないなぁ・・・そして、テストの成績ほどには通知表の成績よくないなぁ、と思っていた。
娘は、それとまったく逆の結果になっている。
中学校の先生なんて子供の能力なんて計測してなくて、ただ扱いやすいいい子をランキングしてるんだな

公立の中学校の(特に1年生の)成績にヒラメキは必要ないのはよくわかった。
こつこつ勉強すれば、あそこまでできるんだ。
連立方程式や素因数分解を苦労してた娘が、テストの時には帳尻を合わせて正答してる。
社会なんか夜中まで勉強してたのは偉いが、一夜漬けであれでいい成績とれるんだから勘が良いというか、空気を読めるというか。すくなくとも社会については、もっと勉強してる子いるはず。
人に(先生に)求められていることがわかるから、兄と違って学校の成績もいいんだろうな。

学校の友達と、その母親の間では娘は「成績が良い子」ということになっているようだが僕自身は戸惑いを隠せない。 きっと、娘が真面目にコツコツやって良い成績をとれるのは中学生の間だけだろう。

真面目にできることは素晴らしい。僕も、子供の頃にあれくらい真面目に勉強できたらなぁ、と思う。
真面目な性格は褒めてあげたいけど、いつか行き詰まりを感じることがあるだろう。
大人になった頃には「中学生の時には成績が良かったけど今は普通」と言われちゃう予感がしてる。
かわいそうな気もするが、あの真面目な性格もひとつの才能なので、 その才能を活用して幸せになってくれるよう祈っている。

息子16歳の誕生日 [家族]

小さい頃、息子は何らかの学習障害に違いないと思っていた。
中学までの成績はいまいちだったが、なんとかそこそこの高校に入れた。

高校生になったら、
「やや変わっているが他人の気持ちも汲み取れる普通の人」
程度になってきた。

高校の担任の先生との二者面談で
「君は、誤解されやすいので気をつけたほうがいいよ」
ということを言われたらしい。
今でも、息子は人の話を聞いているんだか聞いてないんだかわからない(聞いてる)し真面目にやってるかわからない(真面目にやっている)のだが、そういうことを担任の先生に理解されているらしい。
本人が気をつけて直る気はしないが、周りの理解あることは安心できる。

高校になると、真面目な態度、教師の言うことを聞く従順な態度というのはあまり要求されず、単純な試験結果の結果だけで評価されるところも息子には合ってるようだ

小学校の高学年の頃には、(成績はさほど良くないのに)頭が良いことをねたまれて、少しいじめられたりしていたようだ。本人は気付いてなかったけど。
そんな中、小中学校の友達には助けてもらったりもしたんだろう。そういう助けがなくて学校に行けなくなっちゃってる子も、世の中にはいっぱいいるんじゃないかと思う。僕の良く知らない過去も含む息子のクラスメートに感謝している。

久しぶりに息子のことをかいたので過去の息子エントリーを列挙しておく

http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2010-06-26
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2010-04-28-1
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2010-01-25
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2009-12-16
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2009-11-10
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2009-10-29
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2009-09-20
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2009-05-30
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2008-07-30
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2008-07-29
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2008-05-27
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2008-04-30-1
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2008-04-07
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2007-01-25
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2007-11-17-1
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2007-09-08
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2007-08-09
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2007-07-17
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2007-06-22
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2007-05-22
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2007-04-25
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2007-04-16
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2007-04-07
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2007-04-05-1
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2007-03-18
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2007-01-25
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2006-11-26
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2006-10-24-1
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2006-10-20-2
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2005-06-06
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2005-02-02-1
http://nakagami.blog.so-net.ne.jp/2005-01-25

お父さんは遊んでくれない [家族]

息子(高校生)が3歳くらいの頃のことだと思うが、
「お父さんは本ばっかり読んで遊んでくれない(だからお母さんがいい)」
という意思表示をされて、それなりにショックだった覚えがある。
もう、息子もかみさんもまったく覚えてないだろう。

思えば、就職してから今に至るまで、ずっと家でも本を読んだりパソコンいじったりしてる。僕なりに、これでメシを食っていくために必死だったし、必要だったと思っている。

最近、3歳くらいまでの子供を見かけると、本能的に
「かわいいなぁ」
と思う。あの頃、もっと一緒に遊んだりしておけば良かった、と思わないわけではない。
かみさんと出かけると、かみさんも必ず(かわいい・・・)とつぶやいてる。
(今の)自分の子供もかわいいことはかわいいのだが、それとこれとはまた別のようだ。

まだ、会話してくれたり晩飯食ったりしてくれてるけど、もうそんなことできるのもあと数年。
短かったなぁ・・・
今は、残業もほとんどなく、会社の付き合いもなく(ても支障ないので)、全力で家に帰ってる。
幸せなことだ。あと数年して子供が家に居着かなくなったら、もっと飲み会やIT勉強会に出たい。

職業柄か、最近子供が産まれたとか、就学前の子育てが大変、という知り合いが多くて羨ましい。
「かわいいもの、今の3年だけだから、会社のイベントや社外のイベントはほっといて、できるだけ早く家に帰るのがいいよ」
と思っている。

子供が中高生になって思うこと [家族]

今年の春、息子と娘がそれぞれ高校と中学に進学すると、急に親の出番がなくなった。
一方で、子供は部活だの行事だの塾だのが忙しい。
一緒に行動する機会が少なくなって寂しい

いままで、あまり思わなかったのだが、最近
「子供って将来があっていいなぁ」
って思う。
子供の将来のことを考えると(まだ)あんなこともこんなこともできそうで。自分は、というともうこれからの可能性なんてなくて、ぜいぜい今のスキルを少しでも長生きさせて、渋谷新宿周辺の会社でメシが食っていければいければいいなぁ。と思う程度にはドメスティックで限られた世界の中で生きてる。
子供が小学生の間は生活していくのに精一杯で、ひょっとして最近ようやく自分のことを顧みる余裕ができたのかもしれない。

いやいや、まだまだ子供達には負けんぞ!
・・・とは思うけれども、例えば僕がこれから語学を勉強しなおして海外で働くなんて(本人の能力的にも周囲の環境的にも)できるはずもなく。

僕は、愛知、神奈川、千葉に住んで日本の会社で働いたことしかない。
子供たちは(好むと好まざるとにかかわらず)もっと外に出ていくことになるんだろう。
それは、大変だろうなぁと思うと同時にうらやましくもある。

父は、自分の生まれた生家で死ぬまで暮らし、外に出たことがなかった。
海外はもとより、国内の旅行もあまりしたことなかった。
自分の父親が僕くらいの歳の時にも(そのころ、僕は大学だったけれども)同じように思ったんだろうか。

電子辞書 [家族]

娘の誕生日だか英検(3級)合格のお祝いだかに電子辞書を買ってもらった
・・・はずなのだが、なぜか兄も欲しくなっちゃって買ってもらっている

紙の辞書しか経験がないのだが、見かける学生はみんな電子辞書を持っているようなので
最近はそういうもんなんだろう。
兄妹で別の機種を買ったのだが、娘のは「リトルチャロ」を見れるそうな。いいけど、なんだかすごいな、それは。

(2台買うと)えらい高いのだが、元が取れるほど使ってくれればよしとしよう

でも、なんか電子辞書さすがに結構高くて、家庭の事情で買ってもらえない子とか、そういうので習熟に差がでたらかわいそうだな。とかそんなことばっかり考えちゃう